★イリヤ/エミリヤ・カバコフ「プロジェクト宮殿」 ソ連軍人たちの描くデストピア

千葉県民なんですが多くの北西部住民と同様、だいたい東京と自宅とを行き来する生活をしていて、房総側の千葉県というのはほとんど視野に入ってこないのであります。
それでも旅行好きの妻氏に引っ張られてたまに房総方面へドライブに行くわけですが、昨年、館山の山中に「grass-B」というハーブカフェを発見してからドライブコースに必ず組入れるようになりました。
いやこれがほんとに言われなきゃ絶対気づかないような場所にあるカフェなんですが、内部はナウシカの研究室みたいな空間で、そこでおいしいハーブカフェやらピザやらを頂けるというシャレオツな店なのであります。
で、前回お邪魔した際に店内の本棚をぼんやり眺めていたところ、「プロジェクト宮殿」という文字列が目に入りました。なんとなくこの字面、スラヴっぽい匂いがするなと思い、手に取ったところ、これがまんまとロシア人芸術家カバコフ夫妻の著書であったのです。
原題は"ДОВОРЕЦ ПРОЕКТОВ"。
その名の通り、ロシアやウクライナの一般市民が独自に考案した様々な「プロジェクト」を集めた本で、帯には「幸せになるための方法、教えます」とある。早速注文したところ届いたので、この本の凄さの一端をご紹介したい。

どんなプロジェクトが収められているかというと、たとえばキシニョフ市の運転手ソロマトキンさんのプロジェクト「自分を変える方法」は白い翼を装着して部屋に閉じこもって仕事をするというもの。2-3週間続けると「効き目がぐんぐん現れてきます」とのことで、うーん、おじさんちょっとよくわかんないな。

セルプホフ市の音楽教師サバーキナさんのプロジェクト「幸福への回帰」はマットレスの周りを板で囲って、寝そべったときに目の高さになるあたりに幼い頃に愛読していた絵本の挿絵を何枚か貼る、というもの。
サバーキナ先生なんかつらいことあったのかなぁ…

とまあ、この本はただの労働者からインテリ階層に至るまで、大都市から地方に至るまでの老若男女(最少年齢は小学4年生)が寄せた様々な「プロジェクト」を美しい挿絵とともに収めている。ウクライナからの投稿(?)も多い。特に第2章「世界を改善する方法」は「エネルギーを均等に分配する」「人智圏から情報を受信する」「地上になんて住めない!」「抜本的かつ"歴史的"な国土改造」「交通機関を使わない移動」など思想家系建築家とかお好きな方にはたまらない感じのプロジェクトが満載であります。

と来ると我々的に気になるのは、軍人たちはどんなプロジェクトを提案しているかだが、大丈夫です。
ちゃんと軍人によるプロジェクトも三つ収められています。
その一。
ヴィテフスク市、V.リマノフ「家庭用品におしおきする」
しょっぱなから大分ぶっこんで参りました。リマノフ氏は、自分の不幸をついつい諸事情とか人のせいにしてしまいがちだが、でもひょっとすると家庭用品のせいなのでは?というまさかの視点を提示してきます。自分のせいでは?とか考えないのがロシア人らしくていいと思います。
そこでリマノフ氏が提案するのが、部屋の隅に二枚の黒い布を垂らし、その中に「おしおきしてやるべき」家庭用品をしばらく立たせておく、というプロジェクト。
うわあ…いや、なんでもないです。

その二。
ヴィテフスク市、V.リマノフ「いちばん合理的な刑務所」
ま た お 前 か。
取り乱しました。家具お仕置き系軍人リマノフ氏のプロジェクト第二弾は「いちばん合理的な刑務所」。タイトルからしてパノプティコン感がすごい。
リマノフ氏によると、刑務所を合理的に運用するためには、いちばん外側の壁を覗いて全ての壁をとっぱらってしまえばよろしい。そして各囚人には270センチ四方、47センチ高のコンクリートの台座を与える(47センチの根拠が気になる)。これが各囚人の割り当てスペースで、ここにベッドと机が設置される。
このようなスペースが与えられることにより、一見「基本的欲求」が満たされているようでありながら、常におびただしい人と顔を合わせていなければならないそのことが地獄であり、刑罰なのだという画期的な提案。うん、まあ、うわあ…って感じではある。

その三。
リヴォフ市、L.コニョフ「壁の振動板(集団主義について)」
またヤバそうな奴がきました。
コニョフ氏は次のように語ります。

一時的であれ長期的であれ、社会主義経済にもとづく政治体制が確立された国では、どこでもまったくおなじ問題が出ていて、いかに高邁な理想を持ったプロジェクトでも、その問題のせいでかならずダメになってしまうのでした。その問題というのは、人びとの集団主義と個人主義のあいだのけっして解消できない矛盾のことです。個人主義を志向する市民を分離して隔離したり、あるいは再教育しようとする試みはいずれも望ましい結果にはつながりませんでした。

ふんふん。

ところがこれを切り離せないのは一時的なことで、これら無意識の本能のうちひとつを抑えて消去することさえできれば、もう片方の本能はその力を遺憾なく発揮できるにちがいありません。

リベラルっぽい話で油断させておいていきなりダークサイドをむき出しにしてくるコニョフ氏、さすがソ連軍である。
そこでコニョフ氏が提案する「「本能のうちひとつを抑えて消去する」方法については本書を参照のこと。文末には「北朝鮮平壌某区での実験でも結果は良好でした」といういろいろヤバみのある一言がパンチを添えていますが、これがコニョフ氏の皮肉なのか素なのか、どうにも判断しがたいデストピア感がこの本には漂っているのであります。
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ヒトラーは総武線快速に乗る

どういうわけだかヒトラーが現代に蘇ってしまい、本人は大真面目にヒトラーやってるのに現代ドイツで大人気を博してしまう。それも最初はコメディアンだと思われていたのに、段々ガチになっていってヤバい、マジヤバい、というティムール・ヴェルメシュの小説「帰ってきたヒトラー」はドイツ語の原作が出た頃から注目していた(読めるとは言ってない)。
世界的大ヒットとなった同作は日本語版も2014年に出ているが、注目している割に怠惰なのでまだ読んでいなかったところへ、有名プロ・ドイツ人であるマライ・メントラインさんから映画の試写会にご招待頂いたので喜び勇んで行ってきた。
という次第なのでよく分かっていなかったのだが、これは「帰ってきたヒトラー」の単なる映画化ではないのだった。この映画が作られた時点で「帰ってきたヒトラー」はベストセラーになっており、「帰ってきたヒトラー」を知った世界と「帰ってきたヒトラー」内世界が微妙に絡まり合うメタ作品…というとよく分からないと思うのでまぁとりあえず現物を観てみて下さい(6月からGAGAシアターで公開)。

作品の前半はほぼ原作通り、蘇ったヒトラーが真面目にヒトラーやってるうちにドイツ中の人気者になっていくのだが、その合間合間にヒトラー役の役者がその辺の一般人を捕まえて「ヒトラー」をやるという方法がこの映画では取られている。つまり、その辺の兄ちゃん姉ちゃんおっさんおばさんを捕まえて、偉大なドイツの復興や外国人排撃をアジるんである。パンフレットによるとこれはデヴィッド・ヴェンド監督のアイデアで、「フィクションにドキュメンタリーを融合させようとした」という。
メタ作品、といったのはそういう意味なわけですが、これがもう凄まじい気迫と弁舌で、絡まれた一般人が本当に虜になっていくのが手に取るように分かる。
そうするとまあ、出てくるわ出てくるわ普通の良い人たちの排外主義やら人種的憎悪やら。
相手が役者だと分かってるのに、スイッチさえ入ったらボロボロ出てくる。
若い女の子も「ヒトラー」が扇動した外国人暴行を黄色い声を上げて見ている(この辺は全部仕込み無しのドキュメンタリーらしいです)。
その中で印象的だったのは、「ヒトラー」を支持しないと言う男性だった(これも多分仕込みでない一般人)。
彼は怪物的なキャラクターに対して精一杯抵抗するんだけど、その素人の言葉は「ヒトラー」の弁舌に簡単にひっくり返され、「ヒトラー」の爛々たる眼光の前に終始ニヤニヤしながらしか反抗できない。多分、「ヒトラー」を前にしたときの僕も(ほぼ間違いなく皆さんも)きっとああしてニヤニヤもじもじとしかできないだろうし、下手をすると最初からヒトラーの尻馬に乗ろうとしている恐れも大である。

しかしこのヒトラーはちゃんとヒトラーの顔をしているので識別可能という点でまだ難易度低め、とも言える。
ちょび髭をつけて軍服を着ていない「ヒトラー」(あるいは生存圏がフンダラララとかユダヤ人殺せとか言わないヒトラー)が現れたとき、我々はちゃんとそこに「ヒトラー」を発見し、ニヤニヤもじもじしながらでも抗えるか?と思うとこの映画の不気味さはさらにズズンと来るように思います。
でもちゃんとニヤニヤもじもじしような。
そうすべき対象は多分、すでにその辺にいるはずなので。

ヒトラーはまだ帰ってきてはいない。
が、新橋で総武線快速に乗ったくらいの距離にはもう居る(船橋まで27分)。
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 2016/10/26発売。幅広い読者の皆様向けに、安全保障政策を中心とした筆者なりの「ロシア論」を初めて展開してみました。プーチン大統領を取り巻く情報機関人脈、イスラム過激派、宇宙といった新トピックも盛り込んでいます。

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